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昇太さんと城めぐり

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 人の趣味というのはわからないものです。

 私の趣味のゴルフの楽しさが少し分かってくれた春風亭昇太さん。今度は私が昇太さんの趣味に付き合ってみました。

 先日「城を見に行こうよ」と誘われ、そのためならぱと、わざわざ私の独演会があった水戸芸術館まで来て、出演もしてくれる熱の入れよう。翌日、車で30分くらいのところにある「小幡城郭跡」に同行することになったのです。

 私の頭の中には、石垣、天守閣、土産物屋、茶店、たくさんの観光客が写真を撮っている姿が浮かんでいました。

 ところが、目の前に広がる光景ときたら、田んぼとあぜ道、入り口には立て看板が一枚。奥の方に山を削り取ったような細い道と雑木林があるだけで、閑散としています。

 タクシーの運転手さんが場所を間違えたんだろうと思っていたら、昇太さんの口から出て来たのは

 「すげえ、こんな凄いの見たことない!」という叫び。

 そうか、最近あまりに忙しいのでついに壊れてしまったか昇太さん、と思う程のはしゃぎっぷりに私は唖然。

 「あのね、志の輔さんが思い描いてる城というのは、ずいぷん後でできたものなのよ。ここはね、その元になったと言ってもいい、中世城郭なのよ。まだ石を積むという技術のない時代、三方を湿地帯に囲まれているこの場所にどうやって城を築くか。敵はこの一方向からしか攻められない。だから、泥を両側に積み上げて道を造り、敵が侵入してきたときには、上から攻撃するわけなのよ。これを土塁というのよ。こうすると、敵はここしか通れなくなって、土塁の上から一斉に攻撃できるっていうわけ。敵はどんどん侵入しているつもりでも、結果、どんどん追い込まれてるってわけ。いったい、どれだけの人数で何百日かけてこれを造ったのかと想像するだけで、ゾクゾクしてくるんだよー」

 言われてみればそうだなと、私もだんだん納得し、一緒に興奮モードに。

 「だから、ほら、城という字は、土ヘンに成るって書くでしょう?」

 さあ、こうなると昇太さんの熱い解説を聞きながらまわる城の跡地の楽しいこと。雑木林にしか見えなかった場所に、櫓や本丸、敵の侵入を待ち構えている武者たちまでが見えてくるような、っていうのが決して大袈裟じゃない。

 畝状竪堀(うねじょうたてぼり)、武田の三日月堀、北条の障子堀、……専門歴史用語が次から次へと飛び出す昇太さんの名ガイドのおかげで、出口に着いたときはものすごいものを見た満足感があり、昇太さんが高校時代からの趣味という「城めぐり」の楽しさをガッテンしたしだいです。

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by woody-goody | 2010-04-30 05:52 | 列島各地

ハリト君の落語

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 その日、私の落語会でこのあとはゲストコーナーです。なぜわざわざ御紹介するかと言うと、外国人の方の落語を聴いていただくからです」

 「ええーつ」

 客席で、一斉に驚きの声があがりました。

 芸名が我楽亭ハリト(わらってい・はりと)、本名がムズラックル・ハリトという、トルコ出身、今年32歳になる大学院生です。

 知り合ったのは、桂三枝師匠と私が審査員を務めていて岐阜市で毎年行われている「全国学生落語選手権」大会。

 落語の祖と言われる安楽庵策伝ゆかりの地にちなんで始まったこの会も今年ですでに7回目。

 ハリト君は、岐阜市制120周年記念賞に輝いたのです。

 初来日は2001年。筑波大学で1年間、日本文化を学び、落語にはまり、トルコに帰って落語独演会を開くまでになりました。2004年に再来日。現在は大阪大学の博士課程で「日本の笑い」について研究を行いつつ、落語のパフォーマーとしても活躍中。修士論文のテーマは落語といいますから、半端じゃありません。

 初めは興味と不安が入り交じった拍手を送っていたお客さんも、しだいにハリト君の新作落語に引き込まれ、「今日はこんな素晴らしいところに出させていただくので、私の故郷イスタンブールの実家のそぱにある、有名な雑貨屋さんで売っているトルコ石を二つセットにしたものを、会場の皆さん全員にプレゼント……できれぱ、よかったなあ……と思うくらいです」

 と、見事にはぐらかされたお客さんも大笑いして、すっかりハリト君のペースに。

 聞けぱ、トルコ語と日本語は英語と違って文法が似ているのだそうで、結論が後にくる。なので、こんな笑いがつくれるわけなのですね。

 この日披露してくれた新作落語は、死後の世界を描いたものでした。

 特に彼が興味を持ったのは、イスラム教徒が多いトルコでは想像できない「幽霊」の存在だそうです。

 この世とあの世の中間にいて成仏できないというのが不思議だそうです。

 そう言われて日本の宗教観を外から考えるきっかけにもなりました。

 なにより驚いたのは、彼の口から出る日本語のきれいさです。

 弟子が言いました。

 「日本人だから日本語をしゃべるのがあたりまえだと思ってましたけど、丁寧にしゃべるって大事ですね」ですと。

 師匠の私が教えられないことを、代わりに教えてくれて、ハリト君、ありがとう。なんとなく、また英語で落語をやってみたくなった私です。

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by woody-goody | 2010-04-23 23:59 | 芸能

利き手を替えてみると

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 左手中指をベトナムで靱帯損傷(指先の腱が切れた)してから3週間目に入りました。

 ギプスをしているのでどう隠そうとしても目立ちます。

 高座では、お客さんも気になるでしょうから、最初に指先のギプスの説明から始めなければならず、なんともいらつく毎日でした。

 でも、ありがたいことに、「吉田義肢装臭研究所」さんのおかげで私の悩みが軽減されました。

 なるべくライトの反射の少ない小さなギプス。実に親身に意欲的に取り組んでいただいて、限りなく目立たない透明に近い指ギプスが完成。

 とは言うものの、まったく見えないわけではないので、テレビでも落語のときでも、なるべく左手を動かさず右手優先に振る舞おうとしています。

 すると面白い現象が起き始めました。

 私は利き手が左手です。なにかにつけて左手が先に動き、左手で調子をとってから、右手は添える感じで動かしてずっと生きてきました。それを、逆に右手優先にしようというわけですから、いやはや大変。

 なんと言葉がいつものように、スムーズに出てこないのです。

 左手が思うように動かない不便は覚悟していましたが、言葉を発するのに、百分の一秒ほどのズレが生じるとは。

 思い起こせぱ、子供の頃は、朝食とタ食の際には箸を右手で持たないと叱られるので、そうしていました。

 ところが学校へ行くと叱る人はいないので、給食を食べるときは左手にスプーンを、ノートに字を書くのも左手でした。

 これにはいいこともあって、テニスで利き手が左手というのはそれだけで有利で、インターハイに出場するまでに。

 思わぬ方向から飛んでくる球に、相手が面食らったというのが真相でしょう。

 さて、落語です。

 武士が刀を抜くしぐさ、御隠居がキセルを持つしぐさ、手紙を書く筆を持つしぐさ、などなどを右手でやろうとすると、言葉がすんなり出て来ない。しばらくは、一瞬の間があったり、つっかえたりしていたのですが、長い間の間の稽古で克服しました。

 でも利き手を替えるというのは、脳がいちいちあれ?と考え込んでしまうらしいのです。

 体の不便が脳に影響を与えるとは思いもしませんでした。

 いま、書店に行くと脳に関する本がたくさん出ています。脳を鍛錬するゲーム機、クイズで脳を鍛えるテレビ番組花盛りですが、ちょっと利き手でない方で暮らしてみるだけで、いつもと違う脳の分野が開拓されます。

 ストレスもあるけど、脳の活性化にも役立つはず。どうですか?

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by woody-goody | 2010-04-16 05:21 | 体験

諏訪御柱祭を体験

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念願だった「諏訪御柱祭」をついに見ることができました。

テレビのニュースではよく見ますが、7年目に一度という神事なので、よほどうまい具合にスケジュールがあわないと、この勇壮かつ神聖な行事に生で出会うことはありません。

 神が降り立つ依代(よりしろ)である柱を新しくするために、山から巨木を切り出し、急な坂を落とし、川で清めながら渡り、本社におさめる一連の行事がすべて人力によって行われます。

 長さ17メートル、直径1メートルあまりのモミの巨木が急な坂を、人を乗せてすべり落ちる「木落とし」は一番の見所でしょう。

 私が見た上社の巨木の先頭には「めどでこ」というV字型の木がつけられ、これに氏子が乗り、バランスをとりながら27度という山の斜面を落としていく、その緊迫感は半端ではありません。

 その日、32万人と報じられた観衆と一緒に、山の裾野の観覧席から「木落し」をいまかいまかと待ちます。

 にぎやかに飾り付けられた御神木の先端が顔を出すや、ものすこい歓声がわき起こりました。17年間、この瞬間のために支度を重ね、精進してきた法被の男たち。一世一代の晴れ舞台。ひとつ誤れぱ惨事にもなりかねない行事にあたって、気をそろえるために木遣りの甲高い声が、すきとおるような春の青空に響き渡ります。

 「かっこいいなあ、これぞ魂の叫び。俺もあそこにいたい……」

 危険の二文字が頭から消し去られ、ただただ陶酔感に酔いしれ、それはまるで映画のワンシーンのようでした。

 御神木が坂を落ちるのはたったの10秒ぐらい。

 凝縮された氏子たちの7年間、御神木に対する敬虔な祈り、畏怖が行事を単なるお祭りではないものにしています。

 そのあと、舗装された道を御神木を曳いていくのですが、名誉なことにその先頭の綱を一緒に曳かせてもらいました。

 これからいいことありそうな気分になるから不思議です。

 「川越し」という、御神木を川の水で清める瞬間を土手で待った3時間もそれほど苦にはなりませんでした。

 翌日、次週に行われる下社の木落しの場所を見に行きました。

 下の観客側からではなく、落とす側からの視点でみると、なんとおそろしかったこと。

 参加したいなんてとんでもない、膝が震えました。

 当日販売された弁当には御柱に見立てられたちくわが入っており、ホテルに帰ると部屋では現場の興奮を伝えるドキュメントが、地元ケーブルテレビで延々放送されていました。まだ見ていない方は6年後にぜひどうぞ。

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by woody-goody | 2010-04-09 05:52 | 列島各地

ベトナムで突き指談

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 今年ですでに3回目、ベトナムのホーチミン&シンガポールで落語公演を終えて帰ってきました。

 成田出発時は6度、現地は36度。30度の気温差などものともせず、日本の落語ブームが飛び火したかと思えるくらい、即日完売、超満員御礼の会になりました。

 東京公演では客席で外国の方を4,5人見かけることすらあるのに、ここベトナム、シンガポールでは日本人客だけというなんとも不思議な感じ。

 実は同じ日に、会場の前に舞台が組まれ、平和を祈る国家行事が行われることになったと聞かされたのが、旅立つ5日前。始まるのが落語会と同じ午後7時。

 太鼓の音やマイクの声が、人情噺の間に聴こえてきたらお客さんの集中力が途切れると、急遽、開
演を(もちろん落語会の方)4時30分に変更。

 驚いたのは、そんな急な変更にもかかわらず、情報が行き渡り、当初の情報通り、7時にやってきたお客さんは1000人のうち6人。この6人の方にはほんと申し訳なかったのですが、直前の情報変更の周知徹底ぷりに驚かされ、さすが社会主義国だと感心しました。

 もろもろの事前準備も無事にすみさあ開演。

 予定は私の3席と、長唄三味線、江戸曲芸。

 外でのイベントが始まる7時には会を終えなけれぱというあせりが原因の一つだったのか、高座で内なる事件が起こりました。

 1席目を終えてお辞儀の後、楽屋へ向かう廊下で左手の中指の痛みに気付きました。

 お辞儀で高座に指をついたときに突き指したかと、指を引っ張ってみたものの、指の関節の先がぺこりとお辞儀をしたまま、動かなくなってしまいました。なんなんだ?!と思いながら、痛みに耐え2,3席目を終えるや、観客の一人であった日本人医師がやってきて一言「靱帯が切れましたね」。

 翌日、外国での病院初休験。受付女性の優しい対応、レントゲン技師の心配そうな優しい表情、そして「国境なき医師団」にもいたことがあるというアルゼンチンのクラウディオ医師の所見と説明の的確さに、不安は吹っ飛びました。

 正式病名は「マレットフィンガー(指先靱帯損傷)」。

 野球ボールが指に直撃した時などにおこる怪我で、全治6週闇から8週間。

 昨年末の腸ヘルニアがようやく完治したかと思ったら、今度は靱帯損傷。どうも2回目の厄年のようです。

 2ヵ月のゴルフ禁止もさることながら、4,5月の高座では左手中指に目立つギプスをつけなけれぱならず、落語の邪魔になる、それに一番落ち込んでいる春なのです。

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by woody-goody | 2010-04-02 05:46 | 列島各地


立川志の輔のエッセイ(毎週金曜日毎日新聞に掲載)


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