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足裏の幸せ

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 日替わりで、半袖だったり長袖だったり、綿だったりウールだったり、とにかく何を着れぱいいのか迷いに迷う気候が続きます。

 落語家のユニホームである着物も、絽(ろ)はいくらなんでもまだ早いか、でも単(ひとえ)は暑いし、と高座へ上がる前に悩む日々です。

 着物と帯は、演じる落語の演目によって、季節によって、会場の雰囲気や、一緒に出演する方の着物との兼ね合い、いろんなことを加味して選ぷわけで、何種類も持っていないとなりません。

 ですから、帯と着物についてはそこそこ神経を使ってきましたが、履物には案外無頓着でした。

 自分で買った雪駄は一足だけ。あとは御贔屓様からいただいた数足を着物の色に合わせて、ときどき取り替えるくらいの意識しかなかった私ですが、噂に聞く京都の「ない藤」に立ち寄りました。

 創業明治8年の由緒ある履物匠。

 祇園のすぐ近く、京都市から歴史的意匠建造物に指定されている「ない藤」の店先、虫寵窓の下の古風なウインドーに並ぷ下駄や草履や雪駄は見本にすぎず、商品はすべて注文生産だと
いうことは、中に入って話を聞いて知りました。

 まず、台と鼻緒を選ぷのですが、その種類の豊冨さと、濁りのない上品な色合いは、男の私でもうっとりしました。

 店の御主人、五代目内藤誠治さんは実に素敵な方で、やわらかい京都弁で語られるお話を伺っていると、今までの履物の歴史が見えてくるようで、一子相伝の老舗に出会えた幸せを感じさせてもらいました。

 ゆったりした江戸時間、その中にもきりっとした緊張感が漂っています。

 「草履の台が畳表になっているのは、お客様の御足を床の間にのせていただくような気持ちでこしらえるようにということだから、と先代の父は教えてくれました」

 足裏を酔わせる、とまで絶賛されるゆえんです。

 台や鼻緒を選び迷っている私に、丁寧にそれぞれの特徴を説明してくれる様子はいつまでも聞いていたくなる名調子。

 2ヵ月後に届くのを楽しみに帰ろうとしたとき、「実は……」と、話し始めた御主人、私の落語会へご夫妻で幾度も足を運んでくださり、テープやCDもたくさんお持ちとのこと、嬉しさ百倍、ありがたい思いで帰京いたしました。京都へお出かけの際は、ウインドーを覗くだけでも目と心の保
養になりましょう。
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by woody-goody | 2008-05-30 17:33 | 社会

富山「てるてる亭」オープン!

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 先週、北海道に出かけましたが、これ、半袖でもいいんじゃない?というほど、あまりの気温の高さに驚きました。

 札幌の独演会を終え、翌日は「北の国から」の倉本聡先生が主催する富良野演劇工場へ向かいました。

 5回目の独演会です。

 定員300人の劇場空間が年々味のある空間になってくのがわかります。

 今回初めて倉本先生にも私の落語を闇いていただき、翌朝、シラカバ林の中にあるシックな先生のアトリエで、ゆっくりコーヒーを飲みながら、落語や演劇の話などができました。

 初対面にもかかわらず、聞かせてもらった話はひとつひとつ納得するところがあり、最高のお土産になりました。

 演劇創作にじっくり取り組める空間があるということは素晴らしいなあ、と羨ましく思っていた私に、ふるさと富山からうれしいニュースが飛び込んできました。

 富山市の中央通りにある商店街のビルの3階に、演芸のためのホールが生まれることになったのです。

 閉鎖した映画館を演芸ホールにしたいのですがと、富山の有名な銀行が私に声をかけてくださったのです。

 どうせならと、いろいろアドバイスもさせてもらい、映画館から演芸館ヘリフォームも終わり、いよいよ7月にオープンすることになったのです。

 今まで、月に1度のぺースで20年以上、富山で落語をやってきましたが、立派な大きいホールはあるものの、演芸を気楽に楽しめる小さな空間があれぱいいのにと、言い続けてきたのが実ったわけです。

 ほんとにできた……。

 感謝感謝です。

 パルコ劇場で志の輔らくごを手伝ってもらっている美術さんや照明さんにアドバイスももらい、定員250人の演芸向きの落ち着いたかわいい空間ができました。

 もちろん私も番頭のような者としていろいろな公演をプロデュースしていくのを楽しみにしています。

 寄席じゃないので、月に何回かしかできないでしょうが、富良野演劇工場をお手本に、いい空間に育てぱなあ、と思っています。

 ホール名は「てるてる亭」。お弁当屋さんみたいなネーミング。

 気持ちにたっぷり栄養を。6月のこけら落としが楽しみです。なにより、富山の経済界の方々に、落語や演芸に大いなる理解と御協力をいただけたことに深く感謝いたします。


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by woody-goody | 2008-05-23 05:26 | 芸能

休載

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今週は休載です。
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by woody-goody | 2008-05-16 05:34 | 休載

高速道路渋滞のわけ

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 今年もいつものとおりやってきました。

 ゴールデンウイーク名物、高速遵路の渋滞。

 年々、前倒しになるピーク。今年もピークは最終日前日で、渋滞30キロ前後。少しでも回避したいというドライバーの願いの成果が表れ、分散傾向にあるとニュ-スが伝えていました。

 2,3年前までは、60km、70kmは当たり前だったのですから、半分になってたいしたもの。とは言え、冷静に考えれぱ30kmだって異常な距離です。

 5月2日のタ刊一面の記事は、聞き慣れない「交通流数理研究会」というグループの論文発表を取り上げていました。いわく「道路を走る車の密度が一定以上になれぱ、渋滞は自然に発生する」というもの。

 当たり前じゃないかという声が聞こえてきそうですが、よく読むと興昧深いことがわかってくる。。

 1キロ230メートルの円周上を、時速30キロで等間隔に車を走らせ、徐々に車の台数を増やしていき、22台になった時点で流れが悪くなり、停止する車も出た。

 これは車を粒子に見立てた物理学理論で計算した結果とほぼ一致。

 全員が車間距離を保ち同じ速度で走ろうとしても、必ず速度に「ゆらぎ」が起こり、車の固まりができてしまい、渋滞につながる。

 ここから導き出される結論としては、高速道路では平均車間距離が40メートル以下になると
渋滞が起こりやすいのだとか。

 渋滞でいつも思い出すのは、清水義範さんの「渋滞原論」です。

 作家で運転免許も持っていない清水氏が、渋滞解明に取り組むエッセーですが、論理的にユニークな論をおしすすめなんとか解消への道をみつけようとする過程が実に笑えるのです。

 詳細は、読んでのお楽しみなのですが、中でひとつだけ書かせてもらうと、車がたとえ何百台並んでいようとも、全車が自動車レースのF1(エフワン)のようにセーノで同時にアクセルを踏んでスタートできれば、渋滞にはならないはずという論理展開が、たまりません。

 頭で考えると、まさにそうなのですから。

 みんな一緒につながって同じ方向に移動すれぱいいだけの話なんですがねえ。

 この論理を実現化するのは無理なのか。

 もっとも、確実にはっきりしているのは、正月、大型運休、お盆、と同じ時期にみんなで一斉に帰省するという習慣がそもそも一番の原因であることは、昔から痛いほどわかっているのですがね一え。


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by woody-goody | 2008-05-09 05:50 | 社会

聖火の現場

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 「なんであれ、そこに実際に行った奴にはかなわないんだよ」

 これは、20年以上前、朝のニュース番組でテレビレポーターの仕事を始めたときに、プロデューサーから言われた言葉です。

 3分間のレポートをするために、前日まで東奔西走、いったいどうすれば番組が面白くなるか、迫り来る時間と闘いながら、ディレクターと共に話し合った時間は、今になって貴重だったなあと思います。

 歴史的瞬間に現場で立ち会う興奮。

 つくぱ万博、電電公社の民営化、松田聖子さんの結婚式、わが母校が準決勝に進出した甲子園…。

 プロデューサーは続けて言いました。

 「百の説明をされるより『行って来たんですけどね』の一言にはかなわないからな。落語家なんだから、いつまでも現場主義でいろよ」

 この言葉を肝に銘じて、話題の場所へ体を持っていくようにしたおかげで、落語のマクラも増えました。

 こんなことを思い出したのは、長野市にある北野文芸座で年に一度続けてきた独演会が、偶然にも聖火リレーの前日だったものですから。

 日々のスケジュールはアバウトにしか把握していないので、このことに気付いたのが前々日。

 日帰りの予定を急きょへ前日から一泊しようと、ホテルに問い合わせても当然満室。

 頼み込んで、劇場の楽屋に泊めてもらいました。

 翌朝6時、大集団の歓声で起こされました。

 楽屋の窓の下を通る道をはさむ両側の歩道は、すでに真っ赤な中国とチベットの国旗で埋め尽くされていました。

 そこここで「フリーチベット!」と叫ぷ人たち、在日中国人の「中国加油!」(中国頑張れ)の大声。
人が同じ目的のもとに団体になると実に不気味。でも、旅館の前を掃除していた、私の知り合いの女将さんには日本語で「おはようこざいます」ときちんとあいさつしていったそうで、一人一人は礼儀正しいのね」と。

 劇場前、幅10メートルを横切った聖火をしかと見ることができました。目にも鮮やかなオレンジ色。この焔のために門前町が集団に圧倒されていました。

 中国人には祭典、反対派にはデモ、警察には国家の威信、長野市民にとっては混乱、さまざまな要素が入り混じった、なんとも言えない空気。

 言葉にならぬ現場の空気を胸に、新幹線に飛び乗り帰京の途についたのでした。


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by woody-goody | 2008-05-02 05:53 | 社会


立川志の輔のエッセイ(毎週金曜日毎日新聞に掲載)


by woody-goody

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