カテゴリ:芸能( 75 )

インテリ弟子と44歳真打ち

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 私には、現在6人の弟子がいます。

 一番弟子が立川志の吉、二番が志の八。

 名前をつけた私自身にもよくわからないのですが、二番目なのになぜか「八」なのです。

 そして三番目が、このたび前座から二つ目という身分に昇進した志の春です。

 今や、落語界には高学歴がそう珍しくないのですが、出色なのは春風亭昇太さんのお弟子さんで、東大を卒業した昇吉くん。

 それに負けず劣らずなのが、志の春で、なんとブッシュ前大統領と同じイエール大学を卒業したそうです。

 入門したいと最初にやって来たときは、超一流商社に勤務していました。

 はたして、こんなエリートな経歴を持つ人間が落語家になれるのだろうか、親は今までがもったいないと思うだろう、大丈夫なのだろうか、断った方が良いのかもしれない、などなど、珍しく迷いました。
 
 でも入門後は、さすが学業が優秀だっただけあってか、落語がうまくなるスピードが驚くほど速かったのです。

 ただの偏差値人間ではなかったのです。

 自分の弟子をほめるのもなんだか妙な気分ですが、生来努力家なのでしょう。

 当然ながら英語も堪能で、私もやる英語落語に関しては、志の春にはかないません。

 冗談抜きで、世界中で通用する落語家になってほしい。

 これからは彼らが新しい落語の世界をつくるのです。

 人のやれないことをどんどんやってほしい。

 そしてもう一人、弟弟子にあたる立川キウイがめでたく真打ちに昇進したのも喜ばしいことです。

 前座修業を16年、現在44歳という変わり種。「万年前座」(新潮社)という本には師匠談志との思い出がつづられていますが、寿司屋のエピソードには笑いました。

 カウンターに座り師匠は板前さんに「俺には普通に握ってくれ。こいつにはネタはいらないからシャリだけ握ってやってくれ」。師匠独特のシャレです。

 キウイの皿には、

 「はい、ハマチ」

 「はい、イクラ」

と言いつつ、シャリだけが握られてきます。

 10個ほどシャリを食べ終えたころ、師匠が聞きました。

 「キウイ、どれが一番うまかった?」

 「はい、やっぱりトロです!」

 きついシャレを解し、落語家らしい返答で、師匠を喜ばせたキウイ。7月19日、なかのZEROホールにて真打ち披露興行が行われます。私も出演いたします。

 ぜひお越しくださいませ。

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by woody-goody | 2011-05-27 06:27 | 芸能

半刻壱噺(はんときいちわ)

 毎年恒例の下北沢本多劇場、今年の新企画は、「半刻壱噺(はんときいちわ)」と題した独演会をいたします。

 この四文字熟語、もちろん私の造語です。一刻と言えば、江戸時代の時間の単位で約2時間のこと。ほとんどの公演は一刻ですが、もし半刻つまり1時間の公演形態にした場合、お客様にとって気軽でいい感じになるのか、それとも物足りない感じになるのか、私の中で素朴な疑問が生じ、ならばこの際、いっそやってみよう、となりました。

 休憩なしで1時間、延びても1時間ちょっと、演目はシンプルに1席、これも初の試みなら、1日3回公演同じ演目、というのも初の試み。

 新たな試みを実現させてくれる下北沢公演、ワクワクしますが、さすがにこれはどうなんでしょう、正直なにもこのキャリアでこんなことやらなくても、とちよっぴり不安であります。

 それにしても時間というのは不思議で、子供の頃は1日があんなに長かったのに、今では1年があっという間。

 つい先日お正月だったのに、もう1年の半分が過ぎようとしてる。

 年々早くなる時。

 この、時の流れる速度と年齢の関係を、すでに公式にした人がおりました。

 19世紀のフランスの心理学者、ポール・ジャネーが提唱した「ジャネーの法則」。

 「生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢の逆数に比例する」というもの。

 たとえば、50歳の人間にとっての10年間は5歳の1年間に相当し、1歳の子供の1日は50歳の50日にあたるというのです。

 そう言われればそんな気がしてきます。

 さらに、授業は長く感じたけれども、休み時間は短く感じたというように、楽しい時間は速く過ぎる感じがしますしね。

 演劇、落語会、音楽のライブ、映画、だいたいほとんど2時間が基本です。

 だからあえて今回の本多劇場公演では、時間と落語、演者の充足とお客様の満足、落語の裏でひっそりいくつかの実験を試みております。

 気がつけば、もう来週の月、火です。チケツトを入手された方、ごゆっくり、いや、お手軽に、いや、とにかく新しい楽しみ方を味わっていただけたら幸いです。

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by woody-goody | 2011-05-20 05:31 | 芸能

落語in沖縄99

 初めて沖縄の地を踏んだのは、1989年の夏でした。

 永六輔先生が、沖縄にあった小さな小屋、ジァンジァンに出てみない?と誘ってくださったのです。

 いまはなきジァンジァンは、那覇の国際通り、三越デパートの隣のビルの地下にありました。

 当時、沖縄の人たちは落語を聴く機会はほとんどなかったのでしょう。

 なんと、テープで私の出囃子が流れたとたん、お客様が全員で手拍子を始めたのです。

 落語家になってまだ8年目のことでした。

 嬉しそうに手拍子をしている沖縄の人たちを舞台の袖から見ながら、この地の方たちの音楽に対する反応の速さを身をもって知りました。音楽さえあれぱ、唄いだし踊りだすという噂は本当だったの
です。

 あれから21年、私は沖縄に通い続けました。

 ジァンジァンが閉じた後も、那覇の中心部にあるデパート4階の小さなホール、次に最上階の少し大きなホール、那覇市の隣の具志川市のホール、名護市の大学の講望、その間、離島の石垣島、竹富島、西表島でも公演を続け、今では、那覇にできた国立劇場に落ち着いています。

 そして、これはスタッフから言われて気づいたことですが、先週の那覇公演で99回目を迎えていたのです。

 南国の風、暮らす人々の面白さや優しさに魅せられ、続いたのだと思います。

 99回。これは東京および故郷富山に迫る公演数です。

 まるで弟子のようになった地元芸人藤木勇人を初めとして、たくさんの沖縄の人たちに助けてもらったからこそです。

 自分たちで笑いも唄も踊りも楽しみ、愉快な空闇をつくりあげる沖縄の人たち。

 でも落語の笑いも味わいたいと願ってくれたスタッフのおかげです。

 今ではチケットも早々と売り切れるという嬉しい変化を感じた20年でした。

 変化と言えば、今回驚いたのは、高速道路にたくさんの車が走っていたこと。

 「いままでこんなに走ってたっけ?」と聞けぱ高速道路が全線無料化になったおかげで、今まで乗らなかったオジイオバァまでみんなが乗るもんだから、渋滞するわ、事故を起こすわで、お願いだから50円でも10σ円でも料金とってもらいたいね」ですって。
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by woody-goody | 2010-12-10 06:05 | 芸能

クリスマスに南無

 
 高校3年の夏のことでした。

 もちろん、CDではなくレコードの時代です。

 針をおろしたとたん、衝撃が走りました。

 ギタリスト、カルロス・サンタナのアルバム「アブラクサス・天の守護神」を耳にしたときの驚きと感動。

 何度も何度もレコード盤がかすりきれるほど聴きつくしたアルバムです。今でも、脳の嚢にしっかり刻み込まれたフレーズをすべて思い出せます。

 なぜこのアルバムのことを思い出したかというと、あれから40年たった先日、映画「アブラクサスの祭り」を試写で見たからです。

 この原作者が、芥川賞作家玄侑宗久さんであり、私との対談共著もある方なのですが、さすが玄侑さんというユニークな作品でした。

 主人公は元ロックミュージシャンで今はウツに苦しむお坊さんという設定です。

 治療薬を飲みながら、檀家を回り、学校で講演をし、という毎日。

 でもなにか満ち足りないから、変な行動になってしまう。

 人に道を教え諭す立場にいるお坊さんが悩んでいるという設定がそもそも斬新なのです。

 昔やってた音楽をどうしてもやりたくなったお坊さんは、バンドを結成、ライブを計画します。

 前にたちはだかる難問の数々。

 あちこちでぷつかりながら奮闘するお坊さんを見ているうち、初めは非常識に見えたのが、徐々に「生き仏」に見えてくるから不思議です。

 映画の中で「南無、アブラクサス」と念仏を唱えるお坊さん。

 アブラクサスの意味は「善も悪もひっくるめた神の名。アブラカダブラの語源とも言われている」のだそうです。

 わかりやすく言えば「なすがまま」。

 そう言えぱ、若い頃「アブラクサス」に感動したのは、それまでの型にはまったような音楽から解き放たれていくような爽快感を覚えたからなのでしょう。

 頂きましょう、この言葉。高座にあがるとき、気分がのらないとき、「南無、アブラクサス」と唱えてみようかな。

 映画のチラシにはこうあります。

 「悩めるお坊さんが、生きるヒントを教えてくれる」

 「そのままでいい、そのままで正しいんだ」

 でも、なんでお坊さんの映画なのに、12月25日より、テアトル新宿でクリスマスロードショーなのよ。ああそうか、「南無、アブラクサス」。
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by woody-goody | 2010-12-04 13:14 | 芸能

弟弟子の訃報

 その日、歯医者を出たとき、訃報が入った。

 耳にした瞬間、いったい何を言われているのかわからなかった。

 ずいぷん年下の弟弟子が、36歳の若さで突然あの世へ旅立ったのです。

 くも膜下出血が彼を襲ったのです。

 入門時期もかなり離れているので、親交があったと言うほどではなかったのですが、私の独演会の際には楽屋を訪れ「勉強させていただきます」と舞台のソデに。

 打ち上げでは大きめの体を小さくして人の話をニコニコ笑いながら聞いていた姿を思い出す。

 36歳と言えぱ、私の場合、がむしゃらに落語にぷつかり、方向を探しあぐね、無我夢中だった時期です。

 彼もさぞや自分なりの落語をつくろうと無我夢中だったんじゃないか。真打ちめざして日夜、落語にどっぷり浸かっていたことでしょう。

 年齢にかかわらず、エンドは突然やってくる。

 訃報を受けたその日、歯医者で私は「睡眠時無呼吸症」を治すべく特別にあつらえたマウスピースを受け取っていました。

 型をとったのが3週間前。時間がかかるのもあたりまえ、だってオーストリアで製作してたんだそうで。

 しかも、ちょうどその日、製作者が偶然来日していて、私の口にマウスピースを装着し、はめ具合を確かめる場に同席してくれたのでした。

 さて、はめてみて、見た目も装着感も完壁。

 しかもその技工士は、その世界では一番優秀とされるオーストリアにヘッドハンティングのような形で引き抜かれた日本人技工士だったのです。

 このマウスピースの特徴は、上あごと下あごがちゃんと分かれていること。なので、装着したままでしゃべることも夜中に水を飲むこともできるのです。

 そんなのあたりまえでしょ、と言われそうですが、いまの日本で保険の効くマウスピースは、上あごと下あごが合わさったタイプしかなく、口を閉じて鼻で息をするしかないのです。

 せっかく作ってもらった、技工士の作品とでも呼びたくなるオリジナルマウスピースに一日も早く慣れ、気道を邪魔していた太りすぎた舌が痩せれぱ、症状が軽くなるらしいので、マウスピース生活が続きます。

 命あっての落語。

 弟子を亡くした師匠談志の落胆と無念は、「ああ、談大無念也。お前は俺の弟子なのだ、バカヤロウ」に集約されています。

 弟弟子の分も落語、生きてるうちに。

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by woody-goody | 2010-11-12 19:44 | 芸能

落語認知へ先は長い?

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 最近は、以前より落語のことを理解してくださる方々が増えて、今なら笑って話せることがたくさんあります。

 地方へ行くと、テレビ番組「笑点」でしか落語家を見たことがないというお客さんから、まだ座布団一枚なんだな、頑張れよと言われたというエピソードが、嘘かほんとかまことしやかに語られています。

 今でも、理解されてるとはいうものの、現場に着いて驚くことがたくさんあります。

 私がまだ二つ目の時代にはこんなこともありました。高座の左右にめくりが用意されていました。

 右には私の名前、左には演目。よほど、覚えた寄席文字でたくさん文字を書きたかったのだろうなあとその心情がかわいく思われたことでした。

 初めて、もしくは年に一度、落語会を開くとなると制作の方々の肩にカも入ります。

 たぷん、近くのお寺から借りてきたのでしょうか、パンパンにふくれあがった座布団。お坊さんが法事のときに座るような、中央が盛り上がっていて、そう、どらやきの上に座るような感じ。バランスを上手にとって座り、ようやく座り癖がついたころには終演時間。

 実は、ふかふか座布団は、足がしびれるんですよね。

 今年の夏、北海道・旭川の近くの町でのこと。37度を記録する酷暑。公民館にはエアコンがありません。

 だって今まで真夏だってこんな暑いことはなかったし、必要がなかったのです。

 開演まで窓を開けっぱなしにしていましたが、虫の音がすごいのでへ落語が始まり窓を閉めたらその暑さは尋常じゃありません。400人全員がうちわやセンスで仰ぎながらこちらを見ています。しゃべるうち、両耳から汗が頼をつたいあごで合流し、着物の上にぽたりぽたり。

 また、コンサートを主体に会を開いている制作会社の場合、開場前のアナウンスに驚いたこともありました。

 「椅子の上に立ち上がったり、ステージにかけあがったりはしないでください」

 駆け上がらないと思うよー、落語では。

 舞台のわきに、客席に向かって男性が二人立っていたこともありました。

 ロックコンサートで舞台に駆け上がるお客を制する警備のお兄さん。

 そういう警備はいらないの、落語は!

 幾多の笑い話を経ながら、徐々に全国に認知されていく落語、まだまだ先は長い、スタッフさん、頑張ってくださいね。

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by woody-goody | 2010-08-27 06:02 | 芸能

休載

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今週は休載です。

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by woody-goody | 2010-08-06 21:04 | 芸能

落語界のお中元

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 よりによって、お中元というこの季節に、遅配34万4000個の「ゆうパック」問題が起きています。

 いつもすぐに礼状がくるはずの方から来ないのはおかしい、ひょっとして病気かしら、などやきもきしていたら、なんと民間業者と日本郵便の統合がうまくいかなかったせいで遅れていたと分かり、怒り心頭の方もたくさんおられることでしよう。

 誕生日プレゼントが指定日に届かなかった、なんてのはなんとも情けない事態です。

 これだけの影響カのある統合なのだから、さぞや何度も会合を持ち綿密に打ち合わせをしたのでしょうに。頭の切れるトップの方々がゴーサインを出すにはよほどの用意周到な準備があったはずなんですけど。

 結局、いつも大変なのは現場ですね。

 でも考えてみれぱ、よくぞ今まで、日本中できちんと大量のお中元やお歳暮が正確に届けられていたことよ。この事実は、外国人にとっては、日本のサッカーの実カ以上にサプライズなんじゃないかな。

 お中元と言えぱ、私たちの落語界では、まず師匠に、夏の御挨拶は、いつ伺えぱいいかの確認のために師匠を訪ねるところから始まります。

 弟子が師匠に電話でものを尋ねるというのは基本的にはないことなので、師匠の自宅や仕事場へ「いつ、お中元の御挨拶に伺ったらよろしいでしょうか?」と聞きに行くわけです。

 わざわざ会いに行くならそのときにお中元を持ってって挨拶しちゃえぱいいじゃん、一度で済むのに、と世間は思うでしょうが、ここが伝統の世界、ひと味違うんですね。

 スケジュールが決まると、弟子はそれぞれ、あるいは全員でまとまって、師匠の喜びそうなものを考えながら持参、御挨拶に伺います。挨拶に来られた師匠の方も、皆にビールやらをふるまいながら今年前半を振り返り、同じ道を歩む者として、いろんな話をしてくれ、また弟子の話を聞いてもくれます。一年のうちのわずかな貫重な師弟の時間です。

 じかにお届けする。これが本来あるべき、お中元の姿だったのでしょう。

 私もそこそこの数のお中元を宅配し、いただきもしますが、効率だけを求めた世の中に、師弟に残された礼儀としきたり、細かく大変でありながらも、そこがいいんだな、と思うこのころです。

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by woody-goody | 2010-07-09 05:30 | 芸能

川の底からこんにちは

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 通常とさして変わらぬ仕事のゴールデンウイーク。

 そんな中、痛快な映画に遭遇しました。

 右を向いても左を向いてもにっちもさっちもいかなさそうで、天気も政治も家庭も、いろんな欝屈を抱えたお父さんお母さん、一緒に笑いましょう、映画「川の底からこんにちは」で。

 主人公佐和子は、恋にも仕事にものめりこめず、そこそこにやり過ごして来た中途半端な人生を歩んできた、いまどこにでもいそうな若い女性です。

 が、しじみ会社木村水産の社長である父が大病に倒れ、追いつめられた佐和子は、今までのやり方ではどうにもならないことに気づきます。

 もう、いままでのように妥協はしない!頑張るしかない!立ち上がる佐和子。

 わがままな従業員を抱えた倒産寸前の会社を前に佐和子の決意は固く。

 私は見終わって無性に石井裕也監督に会いたくなりました。

 波長ピツタリ、終始声を出してこんなに笑った映画は久しぷりでした。

 ワンーシンワンシーンが、まるでモンティパイソンのような不思議さを醸し出し、ネガティブな人生の局面をポジティブな状況に変えていくストーリーはまさに落語。

 どうしようもない従業員も、そのまま落語の登場人物です。

 この監督が新作落語を作ったらどんなだろう。

 こんな素敵な笑いと涙、そして元気の出る人情噺を作った、この人と落語の話がしたいなあ。

 落語会アンケートでよく「今日、来てよかった。元気が出たので、また明日から元気に会杜に行けます」と書いてあるのを目にするのですが、この映画の後味と同じなのかな、と思うと二重に嬉しくなったのです。

 キャスティングセンスがこれまた見事。

 岩松了さんなどが脇を固める中、主演の満島ひかりさんがいい味を出してます。

 今までの出演作品を洗い直して観てみたい女優さんです。

 もやもやしたニュースで気分が晴れない昨今、この映画は「うまくいって当たり前だと思っているからダメなのよ。うまくいかない中で、どうやって生きていくか、どう戦うか、それが問題なのよ」という世間へのメヅセージ。ラストは湿っぽくないのに、さわやかな涙。

 中指靱帯損傷完治まであと一カ月。まだまだイライラ真っ只中の私に、ストレス解消の一本となりました。

 よし私も新作、創ってみようかな。

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by woody-goody | 2010-05-07 05:27 | 芸能

ハリト君の落語

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 その日、私の落語会でこのあとはゲストコーナーです。なぜわざわざ御紹介するかと言うと、外国人の方の落語を聴いていただくからです」

 「ええーつ」

 客席で、一斉に驚きの声があがりました。

 芸名が我楽亭ハリト(わらってい・はりと)、本名がムズラックル・ハリトという、トルコ出身、今年32歳になる大学院生です。

 知り合ったのは、桂三枝師匠と私が審査員を務めていて岐阜市で毎年行われている「全国学生落語選手権」大会。

 落語の祖と言われる安楽庵策伝ゆかりの地にちなんで始まったこの会も今年ですでに7回目。

 ハリト君は、岐阜市制120周年記念賞に輝いたのです。

 初来日は2001年。筑波大学で1年間、日本文化を学び、落語にはまり、トルコに帰って落語独演会を開くまでになりました。2004年に再来日。現在は大阪大学の博士課程で「日本の笑い」について研究を行いつつ、落語のパフォーマーとしても活躍中。修士論文のテーマは落語といいますから、半端じゃありません。

 初めは興味と不安が入り交じった拍手を送っていたお客さんも、しだいにハリト君の新作落語に引き込まれ、「今日はこんな素晴らしいところに出させていただくので、私の故郷イスタンブールの実家のそぱにある、有名な雑貨屋さんで売っているトルコ石を二つセットにしたものを、会場の皆さん全員にプレゼント……できれぱ、よかったなあ……と思うくらいです」

 と、見事にはぐらかされたお客さんも大笑いして、すっかりハリト君のペースに。

 聞けぱ、トルコ語と日本語は英語と違って文法が似ているのだそうで、結論が後にくる。なので、こんな笑いがつくれるわけなのですね。

 この日披露してくれた新作落語は、死後の世界を描いたものでした。

 特に彼が興味を持ったのは、イスラム教徒が多いトルコでは想像できない「幽霊」の存在だそうです。

 この世とあの世の中間にいて成仏できないというのが不思議だそうです。

 そう言われて日本の宗教観を外から考えるきっかけにもなりました。

 なにより驚いたのは、彼の口から出る日本語のきれいさです。

 弟子が言いました。

 「日本人だから日本語をしゃべるのがあたりまえだと思ってましたけど、丁寧にしゃべるって大事ですね」ですと。

 師匠の私が教えられないことを、代わりに教えてくれて、ハリト君、ありがとう。なんとなく、また英語で落語をやってみたくなった私です。

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by woody-goody | 2010-04-23 23:59 | 芸能


立川志の輔のエッセイ(毎週金曜日毎日新聞に掲載)


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