カテゴリ:芸能( 75 )

日本人初のトニー賞!

 携帯電話の音に画面を見れば「番号非通知」の文字。この場合、たいがいは海外からであることが多いのですが、はたしてやはり、米国と日本を行ったり来たりの川名康浩プロデューサーからの電話でした。

 低い沈んだ声に最初は悪い知らせかと一瞬心配で緊張しましたが、聞いてみればなんとなんと驚きのグッドニュースだったのです。

 喜びがあまりにも大きくなると、人って静かになるものだと、このとき実感いたしました。

 「私自身プロデューサーとして念願だったトニー賞を受賞することができました。いろいろサポートしてくれてありがとう」

 「え、今なんて言ったの!?」と、心の中で聞き返す私がいました。

 トニー賞! あのサウンド・オブ・ミュージックや屋根の上のヴァイオリン弾きやキャバレーやコーラスライン、レ・ミゼラブル、オペラ座の怪人、レント、ライオンキング、プロデューサーズ……、も受賞したトニー賞? 映画界で言えばアカデミー賞に匹敵する、あの?

 川名さんは、そのあと無言でした。この無言がすべてを語っていました。

 制作した「Kinky boots(キンキーブーツ)」が「第67回ミュージカル部門作品賞」を受賞したのです。

 その後の電話で知ったのですが、9日の授賞式の結果がネットで知らされるやいなや、全世界から観劇予約が殺到したそうです。

 授賞式では、楽曲賞を受賞したシンディ・ローパーさんが隣に座っていて、作品タイトルの「キ」の発音があったとたん、2人で跳び上がってハイタッチ。

 レッド・カーペットを歩いた際に世界のマイク・タイソンに足を踏まれ「これはきっといいことあるぞ」と、不思議な予感があったそうです。

 以前このコラムでもご紹介しましたが、実は川名さん、日本のミュージカル劇団で俳優を目指してはいたものの、どうも向いていない気がして一念発起、1993年にいきなり渡米、プロデューサーの道を歩き始めて20年。ついに快挙。8年前にブロードウェーを一緒に歩きながら、「いつかここで落語やろうよ」といってくれた人がトニー賞をとったとは夢のようです。

 来年には還暦を迎える私が、まだ一つ、いや二つぐらい夢を見てもいいのかもしれないな、と思わせてくれたニュースでした。川名さん、本当におめでとう!

 トニー賞授賞式の模様は6月25日、BSプレミアムで放送されるそうです。

**********************************************

 公式サイト「しのすけコム」
 毎日新聞
 2005年5月以前の記事

 青石銘木店へ(このブログの制作者)
※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
[PR]
by woody-goody | 2013-06-14 16:58 | 芸能

「にほんごであそぼ」に

d0051179_12463174.jpg

 うれしいことがありました。NHKのEテレ「にほんごであそぼ」に出ることになったのです。

 柳家花緑さんの「子供のための寿限無」で落語のフレーズが子供たちの間で大人気になったり、野村萬斎さんが狂言の型を体で面白おかしく表現したり、神田山陽さんが勢いとわかりやすさで講談を広めたり、国本武春さんが、うなりやベベンという名前で浪曲の迫力を知らしめたり。日本の和の芸能をとても大切にしていて、その演出のレベルの高さにうなっていた番組なので、そこに出られるなんて。

 この番組のレギュラー出演者で、古い友人でもあるおおたか静流さんから声をかけてもらったのです。

 いやはや、その収録の楽しかったことと言ったら。

 おおたかさんが「落語の楽しさを子供に伝えたい」と、落語をテーマに自ら作詞作曲した「つもりのうた」や「出囃子」をつくってくれたのです。

 本当は好きな饅頭を、怖いから嫌いとうそをついて、意地悪な友達からまんまと饅頭をせしめる「饅頭こわい」。

 貧乏なので家具を買えない男が、絵が得意な知り合いに、がらんとした部屋の壁へ家具の絵を描いてもらったところ、そこに目の悪い泥棒が盗みに入り、途中でどれも絵だったことに気付き遊び心を発揮、「盗んだつもり」とパントマイムを始める「だくだく」。

 テレビで見ていたのと違い、実際に作られていく現場は、それはすごいものでした。

 緻密な台本、稽古、衣装、ヘアデザイン、メーク、セット。大人が真剣勝負でつくる子供番組の裏に、ただただ感動。

 振り付けのラッキィ池田さんと彩木エリさんのやさしさ、そして何よりも子供たちの天才ぶり!

 小学4年生のてるみ君、3年生のかいと君、2年生のまりちゃんの演技力、記憶力、礼儀正しさ、我慢強さ。

 私が何度もNGを連発、子供たちの足を引っ張って「本当にごめんなさい」。

 で、実は今だから告白するけど、みんなとほんの少し一緒に踊っただけなのに少し腰を痛めて治療に通っているのです。情けなや。

 でもそんなことより、君たちの笑顔の中で撮影できた、あの現場は私の宝です。これをきっかけに落語を好きになってくれたら、もっとうれしいけどね。

 ちなみに「饅頭こわい」の放送は28日、「だくだく」は9月20日。朝8時40分からですが、再放送もあるからね、大人のみなさん。

**********************************************

 公式サイト「しのすけコム」
 毎日新聞
 2005年5月以前の記事

 青石銘木店へ(このブログの制作者)
※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
[PR]
by woody-goody | 2013-06-07 12:48 | 芸能

茂山千作先生、安らかに

d0051179_12164541.jpg

 大往生で、狂言の茂山千作先生がお亡くなりになりました。

 落語と狂言。一見、交流がなさそうに見えるでしょうが、そこは同じ笑いを表現する古典芸能として、狂言をとても尊敬しておりました。

 初めて京都御所の近くにある茂山家へ伺ったのは、2004年9月9日のことでした。

 というのも、この年の1月から「満月の会」と称して、青山にある能舞台で茂山家の皆さんと落語と狂言のコラボレーションの会を始めたからなのです。

 毎月、満月の日に開かれる会で、12月には念願かなっていよいよ千作先生をお迎えすることになったのです。

 「ガッテンいうのを、いつも見ていますよ」と、穏やかな語り口でおっしゃりながら、それはおいしそうにたばこをくゆらし、すてきな笑顔から楽しい話がたくさん飛び出しました。

 このときは「満月の笑い」という本の出版準備も兼ねていたので、京都御所の中庭で撮影させてもらった何枚かの記念写真は、一生の宝物になりました。

 千作先生は終戦直後、このままでは狂言は滅びてしまうと道具一切を軽トラックに積み込み、自らの運転で全国の学校を回り、子供たちに狂言の楽しさを見せ続けたそうです。

 息子や孫も含めて多くの弟子、後継者を育て、他のジャンルと積極的に交流、共演、狂言の「おかしみ」を伝え続けた方でした。

 千作先生が舞台に登場した瞬間から、客席と舞台全体が緩むのです。

 至芸とはこのこと。

 「幸せ」を運んでくる人。

 こんなエピソードも。

 出番が近くなった能楽堂の楽屋。千作先生演じる山伏役の衣装の一部が見当たらない。額につける「ときん」がないと、話が前へ進まない。さあ、大変、一同真っ青。

 すると、千作先生、インスタントコーヒー瓶の黒いフタに目をつけた。「誰か、これにひもつけてえな」

 なんと、ひもをつけたネスカフェのフタを額にくくりつけ、なにくわぬ顔で静々と登場。

 まさか、そんなものを額にくくりつけているとは思いもしないお客様。

 何事もなく狂言は、笑いのうちに終わりました。

 このとっさの機転、おおらかさ、しゃれっ気、ゆとり、何よりもサービス精神。まさに人間国宝。狂言の神様から選ばれた方。23日、93歳で旅立たれましたが、あの世でまたいたずらっぽい笑顔でこの世を見てらっしゃることでしょう。

**********************************************

 公式サイト「しのすけコム」
 毎日新聞
 2005年5月以前の記事

 青石銘木店へ(このブログの制作者)
※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
[PR]
by woody-goody | 2013-05-24 12:17 | 芸能

音が天から降ってきた

d0051179_11531939.jpg

 落語会がホールで行われるようになったのは、いつごろからなのでしょう。

 そもそも日本の芸能は寄席や芝居小屋でお客様を楽しませていました。昭和30年代初期の日本で、芸術性の高い演奏会を開催するのにふさわしいコンサートホールは、まだ存在していませんでした。そこで1958(昭和33)年、「国際的な音楽祭も開催できるホールを大阪に」ということで誕生したのがフェスティバルホールです。

 音響特性に優れ、舞台に出た人からは「残響の長さだけではなく音がまろやかで豊か」「天井から音が降り注ぐ」とたたえられ、クラシックはもとよりロック、ポピュラー、ジャズ、能・狂言などの純邦楽を含め、あらゆるジャンルのアーティストらから愛される存在となりました。その音のよさは世界のトップアーティスト、レッド・ツェッペリンやディープ・パープル、マイルス・デイビスらからも絶賛されるほど。

 しかし、開館50周年を迎え、老朽化したため一旦閉館。工事に入り、2013年4月、超高層ビルとして生まれ変わった「中之島フェスティバルタワー」の中に、二代目フェスティバルホールが開館したのです。

 この柿落としのプログラムの中に、なんと「志の輔・談春祝祭落語会」を組み込んでもらえたのです。幕が開くと信じられないような音が、まさに降り注ぎました。落語家生活31年、落語会のカーテンコールを終えた後、ずっといつまでも舞台に居続けたいと思ったのは初めてでした。

 幸せだったのです。

 これは舞台だけではなく観客席も一緒にそうだったらしく、上の方、つまり後ろの席のお客様から「またやってね!」という声がかかりました。「そうなったら、あんたも来るんだよ」と答えて笑いに包まれる会場。このやりとりが観客のすべてに聴こえ、巨大でありながらアットホームな空気も醸し出す空間。

 この奇跡が実現したのは、談春君が日ごろから親交のあるさだまさしさんと談春君のおかげです。「神様のつくったホール」と形容したさださんが、気持ちよさをぜひ談春君にも、と旧ホールの閉館間際に談春独演会が実現し、今回の柿落としに私にも声をかけてくれたというわけです。

 ホールの方々、さださん、談春君、企画を立ててくれた共同大阪の皆さんに感謝しても感謝しきれません、一生の思い出をありがとうございます。

 関東の皆さんもぜひフェスティバルホール体験をお勧めします。

**********************************************

 公式サイト「しのすけコム」
 毎日新聞
 2005年5月以前の記事

 青石銘木店へ(このブログの制作者)
※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
[PR]
by woody-goody | 2013-05-17 11:55 | 芸能

5月5日「百年目」

d0051179_12403878.jpg

 朝起きたら「何はなくともコーヒー」という生活をずっと続けてきた私も、ここ5,6年、濃い煎茶が飲みたいなあ、と思う機会が増えました。

 だんだんと、かつて見た爺さん婆さんのライフスタイルに近づいているということですかね。

 それとも、お茶の微妙な味の違いが分かるようになったと考えればいいのでしょうか。

 前々から気になっていたのですが、コーヒーや紅茶のカップには取っ手があるのに、日本の湯飲みにはありません。

 熱湯を注ぐコーヒーや紅茶と違って、せっかく100度に沸かしたお湯を、わざわざ60〜80度にさまして急須に注ぎ、茶葉をゆっくり開かせる日本のお茶。

 人にいれてもらったお茶。湯飲みから伝わるのはお茶の温かさ、ぬくもりだけではありません。

 ゆったりした時間の中に、人の気持ちが入っているのです。

 夏も近づく八十八夜、今年は5月2日だそうです。

 春から夏へ準備をする節目の日なのですが、今年はまだまだそんな気にはなれない、この寒さ。

 八十八夜は茶摘みのタイミングだけではなく、種まきの大事な目安にもなっていたようです。

 「八十八」の文字を組み合わせると「米」の字に。農業に従事する人にとって、いかに特別の日なのかがこれでわかります。

 落語の中にはお茶がたくさん出てきます。

 私の演目だけでも「茶の湯」や「江戸の夢」や「百年目」があります。

 嗜好品が少なかった時代に、お茶をいれて飲むというのは、生活の中での重要な一区切り、句読点のようなものだったのでしょう。

 今年のパルコ公演の演目の一つが「百年目」でした。この中に、店の大旦那がお茶をいれてやりながら、番頭さんにじっくり話をするシーンが出てきます。

 日ごろは忙しくてゆっくり相対したことのなかった2人が、あることを契機に気持ちを通い合わせる場面です。

 お茶があるからこそ、2人の間にゆったりした時間が流れ、来し方行く末を見据える大旦那の気持ち、それに呼応する番頭の気持ちが混ざり合います。

 実は八十八夜の3日後、5月5日午後6時半から、WOWOWで「志の輔らくご in PARCO 2013」と題して、もう一席「質屋暦」とともに放送になるので、どうぞお楽しみくださいませ。

**********************************************

 公式サイト「しのすけコム」
 毎日新聞
 2005年5月以前の記事

 青石銘木店へ(このブログの制作者)
※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
[PR]
by woody-goody | 2013-04-26 12:40 | 芸能

タイの飲酒は格別

d0051179_1422572.jpg
 今日から1週間、ベトナム公演に行ってまいります。ホーチミンで続けている落語会も6年目に入り、今年は、さらに一カ所、首都ハノイでも行うことになりました。

 毎年この時期になると、海外が続きます。先々週は、全日空機内寄席の収録も兼ねてタイはバンコクで落語会。こちらは4年連続、通算5回目。

 一昨年の洪水の傷痕も徐々に薄れ、工場を中心に着々と立ち直りつつある様子を、現地で働くすごい日本の企業戦士のみなさんが、恒例の夕食会で話してくれました。

 仕方のないことですが、タイで困るのは、内外の気温差。

 30度を超える屋外、一歩建物の中に入ると利きすぎる冷房。体調が確実に狂います。なによりのごちそうが冷房というお国柄。この国のどこにこんなにも電力があるんだろうと不思議な思い。

 会場はホテルの大広間で、やりやすく聴きやすく見やすい高座ができあがるまでに、現地のスタッフや弟子ともども5時間ぐらい必要で、会が始まる前からくたくたです。

 上着を羽織っていても、おなかも体も冷えて、トイレに通う回数の多いこと。落語の「茶の湯」を思いながら苦笑い。

 いつもは会場とホテルの往復なのですが、今年は、バンコク市内を抜けてアユタヤに出かけ、象の背中に乗りました。

 高所恐怖症の私も象の背中くらいなら大丈夫。

 笑ったのは、象使いがカメラのシャッターを押す前に被写体である私らに向けて放った一言。

 「チーズ」の代わりに、「カトちゃん、ペッ」。

 観光客の誰かが教えたのでしょう。みなが笑うのでうれしくなって、象使いもこれを繰り返しているのでしょう。

 これよりもっと驚いたのは、落語会の翌日がバンコク市長の選挙だったため、町のすべてのコンビニ、レストランでアルコール販売が一切禁止されたことでした。

 おかげで打ち上げは、日本料理店の奥座敷で、ひっそりと。タイ人の仲居さんたちが和服の袖の中に隠して運んできてくれたビールをいただき、「ここだけは治外法権だ」とばかりに盛り上がりました。なんでも、酔っぱらって選挙に来なかったり、党派争いがピストル騒ぎにまで発展したりするそうな。なので選挙の日と前日はアルコール禁止。おかげで久しぶりに、ビールを自由に飲めるありがたさをしみじみ味わったのでした。



**********************************************

 公式サイト「しのすけコム」
 毎日新聞
 2005年5月以前の記事

 青石銘木店へ(このブログの制作者)
※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
[PR]
by woody-goody | 2013-03-25 14:45 | 芸能

笑顔の勘三郎さん

d0051179_17184297.jpg
 いつもいつも誰にでも満面の笑みで話しかけていた場面しか思い浮かばない、中村勘三郎さん。

 師匠談志と近しい間柄だった勘三郎さんに、私が初めてきちんとお会いしたのは昨年の12月28日。まだ1年もたっていないのです。

 ゴルフコンペで半日御一緒しました。

 耳の病気を克服、大好きなゴルフが再開できたお祝いの場でもありました。まだまだ本調子ではなかったでしょうに、豪快に笑い、それはそれは楽しそうなゴルフでした。

 勘三郎さんがいると、大きな花が咲いてるようで、あたりが一気に華やかになるんです。

 帰り際「これ、僕の携帯番号なので、よろしくね」とさっとメモを渡してさっそうと去って行く姿は、まさに粋な江戸っ子でした。

 3月18日、浅草で平成中村座公演を見て、楽屋にお邪魔すると、エネルギッシュな舞台の後にもかかわらず笑顔全開。でもやはり具合が悪かったのでしょう。「誰か、いい(体を診てくれる)先生知らない?」という会話になり、たまたま知ってた先生を紹介すると、後日わざわざ電話をくれて「あのね、志の輔さんに紹介してもらった先生、僕に合うみたいよ。ありがとう」と。

 がん治療で入院していた6月21日には、名古屋公演の楽屋に電話がありました。

 「ねえ、病室退屈なんだよね。医者がね、笑うといいっていうから志の輔さんのCD買おうと思うんだけど、どこに売ってるの?」と茶目っ気たっぷりに。

 「電話でまで笑わせなくていいんですよ」と答えてCDやDVDを送ると「ありがとう、毎日笑ってるよ」とお礼の電話。人を喜ばせるのが心から好きな人でした。

 7月9日、成城ホール公演のときは切ない電話。

 「実はね、今月27日に手術することになったんだよ。結構大きな手術みたいなんでね」と重大なことを努めて明るく話す声に、私が「先週、松本の公演に行ったとき、息子さんの勘九郎さんの『天日坊』の垂れ幕が街中にはためいていましたよ」と言うと「そうなの? せがれも頑張ってるな」と嬉(うれ)しそうに。その数日後、ワイドショーで「松本公演千秋楽勘三郎飛び入り出演」。舞台でお礼のあいさつをしてる姿が! 我が目を疑いました。

 当然、手術後も元気な声で電話がかかってくるのを待っていました。

 今も待ってます。

 日本中で「待ってました!」。

**********************************************

 公式サイト「しのすけコム」
 毎日新聞
 2005年5月以前の記事

 青石銘木店へ(このブログの制作者)
※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
[PR]
by woody-goody | 2012-12-07 15:59 | 芸能

ビートルズ、我が青春

d0051179_12371478.jpg

 高校時代、私はミュージシャンになりたいと思っていました。

 夢見る時代でした。

 今から思うと理解不能でしょうが、ギターを持つと不良になると固く信じられていた時代。

 ギターを買ってもらうなんてとんでもないこと。

 しかたがないのでアルバイトをして自力で入手したギターは、それはそれは輝いて見えました。

 そうまでしたのは、なんと言ってもビートルズ、なにはなくともビートルズ。

 私にとって、ビートルズがない青春時代なんて考えられません。

 こんな若者が日本に、世界に星の数ほど存在していた時代でした。

 そんな私のような人たちが集まったのは、渋谷駅前に新しくできたヒカリエ11階にある東急シアターオーブという劇場。

 もう終わってしまった公演のことを新聞に書いていいものかどうか迷いながら、すでに書いてしまっているわけですが、私が感動した「レイン」はビートルズ完全コピーバンドの舞台で、ブロードウェーでロングラン上演の日本上陸版です。

 2000人の観客とともに、ビートルズの楽曲の素晴らしさに再感動、切れ切れに覚えている英語の歌詞を口ずさみながら幸せな時間を過ごすことができました。

 観客は一人一人、あの時代の自分を振り返り、あのころの時間に浸っていたことでしょう。

 あまりによかったので、23歳になるわが息子に別の日に行くようすすめ、見た後「どうだった?」と尋ねてみました。「よかったよ、う〜ん」と、手放しで感動したわけでもない微妙な様子。

 いつもなら、「なんで、ビートルズのよさがわからないんだ」とむっとするところなのですが、私は「そうか、時代が違うものな」と父親らしく落ち着いて答えたのでした。逆に、ビートルズは俺のもんだ、俺の中で不滅だ、という感慨を深くしたのです。

 息子は正直です。それでいいのだと思いました。

 親ばかを承知で言えば、かなり感性は豊かだと思っている息子だけれど、親と同じに感動するわけがない。

 違う時代に生まれ育ったのだから。

 その落差に、かえって安心した不思議な感覚を味わいました。不思議どころかかすかな喜びすらわきあがってきたのはなぜなんでしょう。

 時代の差を喜べる年になったのでしょうか。

**********************************************

 公式サイト「しのすけコム」
 毎日新聞
 2005年5月以前の記事

 青石銘木店へ(このブログの制作者)
※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
[PR]
by woody-goody | 2012-11-30 12:38 | 芸能

師匠談志の一周忌

d0051179_11441817.jpg

 もう1年になるのですね、師匠談志がこの世を去ってから。

 21日から弟子総出演で「立川談志一周忌特別公演立川流追善落語会」が開かれています。

 世間は選挙で一色、と言いたいところですが、政党乱立で、いま一つ盛り上がっていないような。

 政治家にもなったぐらいに政治が大好きだった師匠なら「なんだいこりゃ、こんなにあったら選べないだろ。間に立川流も入れといてもわからねえだろうな。何票入るか楽しみだ」とでも言いそうです。

 思い出します30年前。入門3カ月した頃でした。

 師匠が親しくしている神奈川県の県会議員だったかの選挙応援について行ったことがあります。

 「志の輔、ついてこい」

 そう言った背広姿の師匠はさっそうとしていて素敵でした。裾の広がったベルボトムのズボンだったのには驚きましたが。

 選挙カーの後部座席に師匠と女性アナウンス係。そのまた後部座席に私。

 「東京から立川談志師匠も応援に駆けつけてくださいました」

 アナウンス係のしゃべりの間を縫いながら師匠は、窓から体を乗り出してマイク片手に「あ、談志でございます。神奈川の皆様、立川談志でございます。この候補はね、信用できます、1票入れていいです!」。

 そんなことをしばらく続けるうち、師匠はアナウンス係に「あんた疲れたろ、少し休みな。志の輔、お前、やれ!」。

 やりましたとも。

 師匠と私が交互にしゃべっているうち、師匠は言いました。

 「志の輔、いいか、俺の言葉と重ねるな。いいか、俺がしゃべり始めたら、途中でも、やめろ、いいな。言葉が重なると汚いんだ」

 話芸のコンビネーションのテクニックを伝授してくれる師匠。

 そのうちアドリブも入れるようになって来た私。「そちらのおじいちゃんおばあちゃんも、きたる投票日には……」とやってると「ばか野郎、志の輔、選挙期間中はどんなに年とってても、おとうさんおかあさんなんだ。選挙期間中だけは、じいさんばあさんはこの世にはいねえんだ」。

 これ、マイクのスイッチが入ってたもんだから運転手も通行人も大笑い。

 この1年、全国を独演会でまわりましたが、打ち上げで出てくるのは師匠談志の話ばかり。いったい誰の独演会だったの、と思うくらい。おかげさまで生前よりそばにいたような気がした追悼の1年でした。

**********************************************

 公式サイト「しのすけコム」
 毎日新聞
 2005年5月以前の記事

 青石銘木店へ(このブログの制作者)
※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
[PR]
by woody-goody | 2012-11-26 11:44 | 芸能

森光子さんに感謝

d0051179_11381282.jpg

 今や、NHKの長寿番組になった「ためしてガッテン!」ですが、科学健康番組として始まった当初、司会としてどんな具合にすすめればいいのか、迷うことの多い日々でした。

 楽屋で着替えながら、初めて会う方々に司会者としてどう話をふればいいのか、かたすぎてもいけない、やわらかすぎてもいけない、その案配を決めかねる緊張の時間を過ごしていると、楽屋のドアをトントンとノックする音。

 たぶん弟子だろうと「あいよ」と返事をしながら開けると、なんとそこに森光子さんが立っていらしたのです。

 いやはや驚いたのなんの。どう考えたって、あちらはゲスト、しかも大女優さん。こちらからごあいさつにうかがうのが筋です。ひたすら恐縮してしまって頭を下げるしかありませんでした。

 初めて目にした森光子さんの第一印象は、ほんとにきれいな人!

 オーラという言葉が陳腐に思えるほど、体全体から日本の美と存在感がにじみ出ていました。

 そんな森さんに番組の初代レギュラーゲストとして2年間に100回近くお越しいただいたのです。

 毎週毎週、今度こそこちらから先にごあいさつを、と思いながら、ほとんどは森さんが先にという結果になってしまいました。

 気遣い、心配りの塊、心底からの思いやりが身についてらしたのです。

 2000回以上続いた「放浪記」を見せていただいたときも、マネジャーさんから休憩時間に楽屋へどうぞと誘っていただき、訪ねると、舞台のあのパワーがこの小さな体のどこに蓄えられているんだろうと思わせるほどのか細さ。かわいらしいピンクのガウンに包まれた大女優は疲れも見せず一人一人に丁寧にごあいさつされるのです。マネジャーに、どうして終演後じゃなく休憩中に?と尋ねると、すべての方とゆっくりお話がしたいので終演後だけだとごあいさつに訪れる方が多過ぎて間に合わないからとのことでした。

 森さんは喜劇役者としても素晴らしい方でしたが、ダジャレも大好きで「さて、森さん、今週のテーマは野菜なんですが」「あのね、わたし野菜大好きですよ、名前が森ですからね、モリモリ食べるのよ」。リアクションに困る私。大笑いのスタジオ。毎回森さんの緊張をほぐしてやろう、という気遣いに感謝がいっぱいです。

 もう一度お会いしてお礼が言いたかった。ありがとうございました。

**********************************************

 公式サイト「しのすけコム」
 毎日新聞
 2005年5月以前の記事

 青石銘木店へ(このブログの制作者)
※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
[PR]
by woody-goody | 2012-11-16 11:39 | 芸能


立川志の輔のエッセイ(毎週金曜日毎日新聞に掲載)


by woody-goody

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

カテゴリ

社会
列島各地
体験
政治
芸能
休載

以前の記事

2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月

フォロー中のブログ

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧