![]() いまだに自分が、というか人間というものはわからない生き物です。 楽屋見舞いも多種多様、珍しいお酒や食べ物、ゴルフ関連のウエアやグッズなど、さまざまなジャンルの方々から品物と一緒に元気もいただいています。 そのなかのお一人、御自身も名古屋御園座正月公演真っ最中だというのに、歌手の小林幸子さんが楽屋に届けてくださったのは、福島県いわき市の「大楽」というお豆腐屋さんの品々です。 豆腐はもちろんのこと、揚げや納豆、豆乳にいたるまで、その量はスタッフ全員分かと思うほどで、大きな発泡スチロールのフタを開けてまず目にしたのはA4の紙「食品放射能分析結果」でした。 いわき商工会議所が機関に調査を依頼して得られた測定結果の細かい数字と表……。 添えられた手書きのお手紙には「(中略)昨年の大震災以来、失ったものの大きさと、新しく出来たもののありがたさに、一喜一憂の日々を過ごしてまいりました。毎月放射能の検査をして、安全と安心の発信に勤めてまいりましたが、首都圏の反応は予想以上で、卸元からはキャンセルが相次ぎ、個人からの注文も激減しました。(中略)生き残れた私たちの使命は、次世代にきちんとしたバトンを渡すこと、そして皆がこの地に、この国に生まれてよかったと思えるような世界づくりをしていくことに、余命を賭して向かっていこうと思っています」 豆腐を食べる前に涙ぐんじゃいましたよ。 こんな前向きな気持ちになれるまでに、はたしてどれほどの落胆、挫折があったことでしょう。口にはできない悔しさ、絶望、はがゆさ、怒り、あきらめを思うと白い豆腐が輝いて見えました。 楽屋打ち上げでは、この手紙を来客に読み上げながら、おいしく、本当においしくいただきました。 後日、お手紙の主に感謝の電話、一日も早く落語会が地元で開催できる日がくるように互いに連絡を取り合うことを約束し、小林幸子さんにも、この御縁をつくってくださった感謝を伝えました。返ってきたメールにはこうありました。「送った私が言うのもなんですが、おいしかったでしょう?」 ********************************************** 公式サイト「しのすけコム」へ 毎日新聞へ 2005年5月以前の記事へ 青石銘木店へ(このブログの制作者) ※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。 ![]() ここで落語会を始めてから、延べ17年目、一カ月公演になってからは7年目に入りました。 楽屋はまるで劇場に間借りした志の輔部屋になっています。 パソコンはいうにおよばず、洗面道具も常備、いつでも宿泊できる体制が整っています。 年間を通して、一カ月も東京にいるなんてこの時期にしかないことなので、私も年に一度のお楽しみというつもりで、毎日劇場にお客様をお迎えしています。今年は喉(のど)が絶好調。 というのも禁煙を始めてなんと1年3カ月目に突入しているからです。 去年のパルコではまだ禁煙初期でイライラの連続だったのですが、今年はさほどタバコを思い出すこともなく、精神的に楽になっています。 少々風邪気味になろうが喉に痛みを感じずに声が出る嬉しさ。 思えばいつも何かありました。一昨年は腰のヘルニア、去年は禁煙にともなうイライラ。 今年は……、やっぱりありました。 去年の暮れから膝が痛みだし、病院で膝にじかにヒアルロンサンの注射を3週続けて打ってもらいました。 少々の針の痛みを我慢すれば、翌日は嘘のように膝が快適になりやれ嬉しやと思ってる間もなく、また痛みが出て来ます。 それはそうです。 毎晩、舞台前半1時間20分、後半は1時間、合計2時間半ほど座布団の上に座り続けているのですから。 年間を通して、独演会が週に3日から4日、昼夜2回公演という日だってあります。 その結果、還暦2年前にこんなに膝で苦しむことになるなんて。 パルコの楽屋には膝治療の薬、サポーター、本が山のようにございます。 「ガッテンの司会をしているあなたにこの薬をプレゼントというのも、なんか変な感じがするんですけど……」と言いながら差し入れされる膝グッズの数々。 「あう、あわない、があるので、よかったら使ってみてください、私の友達はこれで見事に治ったそうです」とみなさん口にしながら。 感謝してもしきれません。が、さて、どれからどういう順番で試していくのがベストなのか、グッズを前に悩む私にスタッフの一人がぽつんと言いました。 「そもそも正座時間の長さに問題があるんじゃあ……」 うん、それは俺も思ってる。ガッテンで自分が視聴者に薦めていた方法をそろそろコツコツやろう、と思うそんな年頭です。 ********************************************** 公式サイト「しのすけコム」へ 毎日新聞へ 2005年5月以前の記事へ 青石銘木店へ(このブログの制作者) ※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
今年最後のピーピング。1年御愛読いただきありがとうございました。
年末になると、舞台でも言い、コラムでも書いていますが、年々、時が過ぎるのが速くなります。 速く感じられるのは充実してた証拠、幸せなんだと言われますが、そうなんでしょうか。 そう言えば、2時間の独演会が終了して、知り合いが楽屋を訪ねて来てくれた際に「時を忘れてあっと言う間の時間だったよ」と言われるとかなり嬉しいから、やはりいいことなんでしょうか。 小学校の15分の休み時間は2,3分に、50分の授業は3時間に思えましたものね。 この考えを推し進めてみると、年々充実度が増しているということになりますが、いやはや、毎年、多くの後悔と反省で過ぎる12月なのです。 12カ月、365日、8760時間、52万56000分、3153万6000秒! 例年のことと思いながら、でも、今年は明らかに違う。 大きな被災に胸がつぶれ、連続して耳にするニュースに気持ちもふさぎ、時間を止めたくなりました。 命、地震、津波、原発、電気、経済、ただただ不安を駆り立てられ、どうしようもない無力感に襲われ、ひしゃげる心と体。 そんな中、大きな力を与えてくれたのは、被災地での落語会でした。集まって笑ってくれた人たちの笑顔にどんなに勇気づけられたことか。そこに今度は、我が師匠談志の訃報。これ以上ないショック。 いつもとは違う、時が速く過ぎた原因の数々をたどってみると、決して時が速いのは幸せとも言えないよなあ、と。 幸せというより、無常観。 今年も何回かの忘年会があるでしょうが、忘れたいこと、忘れちゃいけないことをしっかり分けなければ。 もっとも、忘れようとしても忘れられないことが多いけれど。 先日、糸井重里さんと会ったら、気仙沼に事務所を設け、来年設立する復興プロジェクトへの参加を呼びかけられました。 もちろんできる限りの協力を約束しました。 私も来年は落語家生活30周年。いろんな人への恩返しも含めて、喋りますよ! ********************************************** 公式サイト「しのすけコム」へ 毎日新聞へ 2005年5月以前の記事へ 青石銘木店へ(このブログの制作者) ※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。 ![]() もう28年前のことになります。師匠談志に入門して1年経ったある日のことでした。 練馬にある師匠の自宅で、ともに前座修行をしていた兄弟子が突然「俺、落語家やめるわ」と言い出しました。 その場にいたまだ20代だった私と他の前座3人は唖然。確かに、その兄弟子の前座修行は身が入っていないように見えましたが、喋りにセンスがあったので、いま辞めるのはもったいないんじゃないかという声も出ました。 しかし、兄弟子の決心は固く、これから談志にそのことを告げる覚悟だと言います。しかも「師匠談志のところを辞めて、たけし師匠のところに行こうと思ってるんだ」 たけしとはもちろんビートたけし、北野武さんのことです。 これも師匠に話すと言うので、ただ辞めるでいいんじゃないか、どうしてわざわざよそへ行きたいと告げねばならぬのか、と全員で止めたが「だって、その方が行きやすいから」というなんだかよくわからない答え。 兄弟子が師匠談志のいる書斎へ向う。 私たち前座4人は、漫画のヒトコマのように隣の部屋のドアの隙間(すきま)から顔を並べてドキドキしながら事態を見守った。 机に向かって原稿を書く師匠。 机越しに正座した兄弟子。 「師匠、辞めようと思うのですが」 「辞めたいのか。辞めてどうするんだ?」 「はい、たけし師匠のところに行こうと思います」 「たけしの弟子になりたいってのか?」 書斎の空気が凍り付いた。 師匠の椅子の後ろには大きな書棚が並び、本と一緒に並ぶ高級な洋酒。 後ろ手にその中の1本、オールドパーの瓶の首根っこを右手で握ってさかさまに持ったのを目撃したときは、あ、兄弟子は殴られるんだ! と覚悟した。 と、師匠は机の上にあった名刺をセロテープでボトルの正面に貼り付けて言った。 「これを持ってたけしのところに行きな。これをもらったらお前の申し出を断れないだろうから」 事態をうかがっていた私ら前座全員は崩れ落ちた。 その後、言われた通り洋酒を持ってたけし師匠に入門した兄弟子は大活躍。ただしもらった芸名がフンコロガシ。が、談志の許しを得て芸名だけは元のダンカンを名乗った。 ********************************************** 公式サイト「しのすけコム」へ 毎日新聞へ 2005年5月以前の記事へ 青石銘木店へ(このブログの制作者) ※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。 ![]() まったく実感のないまま、亡き師匠について取材を受けている自分が不思議です。 いつ突然、「ああ、来てくれ」と電話がかかってこないともかぎらない、と待機してるような毎日です。 弟子入りしなければ決して体験できなかった、天才との思い出、まずはエピソード1。 あれは、入門して3カ月した頃、師匠談志を助手席に乗せて運転していました。「急いでくれ」と言われた私は思いっきりアクセルを踏み込みました。予想通り、後ろからやってきた覆面パトカーのスピーカーから「前の車、側道に止まりなさい」。 で、停車。 「師匠、すいません。スピード違反してしまいました」 「わかった。明日、俺がなんとかしてやる」 どうするんだろ? 翌日、師匠が言いました。「知り合いの偉い国会議員がいる。元防衛庁長官だ。それに頼んで、その違反だかなんだか知らないが、元にもどしてもらうから心配するな」 師匠の案内する所まで行くと「ここがその議員の事務所だ。お前の免許証と違反の切符を持ってこいってことだから」。私からそれらを持って建物の中に消えていきました。1時間後、出てきた師匠は「大丈夫だ、処理してもらったから」。 ところが2週間後、「免停の通知書」がしっかり届きました。 師匠に「すいません、警察から免許停止の案内が来ましたので、師匠の送り迎えにちょっと差し支えが出ますので」。 「じゃあなにか、処理されてなかったのか?」「そういうことになります」「冗談じゃない、電話してやる」とその場で元防衛庁長官の事務所に電話。「ああ、談志ですが、ああ、秘書君かい、あの例の弟子のスピード違反の件だけど処理してくれたんだよね。ん、ん、ん、ん」 あまりよくわかっていない師匠に、罰金は払ったものの点数を引かれるのが困ると告げると「点数を元にもどしてやってくれ。頼むよ。えっ? できない? なんで? コンピュータに入っちゃったからだめだ? そこをなんとかしてくれよ」 最後に吐き捨てるように放った言葉がすごかった。 「議員が帰ったら言っておけ。元防衛庁長官が、スピード違反ひとつもみ消せなくて、国が守れるか」 師匠の前で思わず私は声をあげて笑ってしまいました。 入門して私が受けた「天才からの洗礼」一つ目でありました。 ********************************************** 公式サイト「しのすけコム」へ 毎日新聞へ 2005年5月以前の記事へ 青石銘木店へ(このブログの制作者) ※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。 ![]() いくらなんでもそれはないだろう、だってさ、だってさ、たったの2年しかたってないのよ、とあまりのことに呆然と店頭で立ち尽くしてしまったのは、モバイルパソコンのバッテリーを買いに行ったときのことです。 日本で一番小さいパソコンというキャッチフレーズにひかれて購入したのは2009年のことでした。 で、先日、バッテリーを買いに行くと「お客様、もうこの型は生産中止になりまして、バッテリーも注文できないんです」 はあ?そんな馬鹿な。聞けば、2010年にリニューアル版が出たそうなのですが、その時点ですでにバッテリーは共通に使えるものではなくなっていたことにも驚きました。 もしこの事実が前もってわかっていたなら、せめて予備のバッテリーを2,3本買っておいたことでしょうに。 確かに、パソコンはどんどん新製品が出るし、バージョンアップも頻繁に行われています。 昔からそうでした。 パソコンを、一般の家電を買う感覚で買ってはいけないことも重々わかっていました。 それにしてもです。 いくらなんでも変更のスパンが短すぎやしませんか? 新製品を鳴り物入りで発売し1年で改良型が出る。会社はそれでいいだろうけど、消費者は戦々恐々としながら使い続けなければいけないのでしょうか。 メーカーさんに、少しは申し訳なく思ってほしい。 こうなったら法律でもつくってもらわなければ。 「このパソコンは、たとえ今後、リニューアル的な新製品が発売されたとしても、付属品の類いは○○年まで確実に手に入ることをここに保証します」 そして、これに違反したら罰則を与えるぐらいのことをしないと、つくり放題、もうけ放題、ゴミ放題になってしまう。 ああ、腹の虫がおさまらない。 本体がまだ使えるのに、バッテリーが手に入らないだけで、新製品を買わなきゃいけないなんて! 明らかに変でしょう。 DAT、MD、8ミリビデオなどなどは、時代の流れだから、とようやく諦められた。 なのに、またこの仕打ち。時代の流れと新製品発売のスパンとは、違う。違うはずだ、よね。 同じ悩みを持ったあちこちにいるであろう友よ、でも、新しいのをやっぱり買ったんでしょうねえ。だって、しょうがないもんねえ。 ********************************************** 公式サイト「しのすけコム」へ 毎日新聞へ 2005年5月以前の記事へ 青石銘木店へ(このブログの制作者) ※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。 ![]() ニュース画面を見ながら、この人どこかで見たことあるよなあ、いつだっけ? どこでだっけ? 誰だっけ? 何度も見てる顔だよなあ、そうだ!と思い出しました。わが故郷富山県が誇る、いや、世界が誇る頭脳、2002年にノーベル賞を受賞した島津製作所の田中耕一さんじゃありませんか。 以前見たときは髪の毛は黒かった。それが今は真っ白に。だからわからなかったんだ。 でも、以前と同じだったのは、優しい表情と語り口でした。 どなたかを思い出したところで、ニュースが伝える内容を知って、またびっくり。 わずか血液一滴で、さまざまな病気の早期診断ができる技術が開発されたらしいのです。 ノーベル賞受賞は、たんぱく質を気化、検出することに世界で初めて成功したという凡人にとってはなんのことやらピンとこない研究成果だったのですが、今回のはちょっとわかる。 癌や生活習慣病になると、特定のたんぱく質(抗原)が血液中に流れるのですが、それがたとえ微量であってもつかまえる抗体をつくることに成功したというのです。 やはりたんぱく質である抗体は、抗原と結合して免疫反応を起こす生体内のアンテナのような役割を担っているそうなのですが、従来の抗体は、ほぼ固定された腕の部分に抗原が結合するのを待つような仕組みでした。 ところが、田中さんらはバネ状の人工物(ポリエチレングリコール)を組み込むことによって、前後左右に腕を伸ばして抗原を幅広くがっちりつかめるよう抗体の結合力をアップさせる基礎技術を開発したんだそうです。 つまり、平たい言葉で言うなら、一滴の血で、どんな病気にかかっているかが初期の段階で瞬時にわかるという画期的な研究成果で、これはすごい!と私にもよくわかる。 なにがすごいって、研究成果もさることながら、普通の人間だったらノーベル賞をもらった時点で嬉しくて、好きなお酒やゴルフを存分楽しんで、日々受賞の喜びをかみしめることに時間を使うと思うんですが、天才は違う。ノーベル賞受賞後も研究を進化させ、庶民に役立つ、人類を救う方法を研究し続けてらしたのです。 いつか「ためしてガッテン」でお伝えできたら、こんなに嬉しいことはありません。 一日も早くそんな日が来ますように。 ********************************************** 公式サイト「しのすけコム」へ 毎日新聞へ 2005年5月以前の記事へ 青石銘木店へ(このブログの制作者) ※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。 このところ、大阪都構想をめぐって、大阪府知事選挙と大阪市長選挙の話題に、ニュースやワイドショーが多くの時間をさいています。 これに関連して、東京都の歴史を振り返ってみた解説で、東京市という区分が存在していたことに気付かされ、大変、勉強になっています。 そもそも明治元年から昭和の初めまでは「東京府」だったんですねえ。 ということは、明治昭和を背景とした古典落語に出てくる東京は「東京府」だったわけだ。 東京市は、旧東京府東部に1889(明治22)年から1943(昭和18)年までの間に存在していた市なのだそうで。 地方出身者だから知らなかったのか。 江戸っ子のみなさんは御存じでした? 京都出身の堀井憲一郎さんの一冊「いつだって大変な時代」(著)には、「東京」の由来について考察しながら、「西東京市」の命名のむちゃぶりについて面白おかしく疑問を呈しています。そもそも「東京」は、帝(みかど)がおわします京都の東に位置する都市だから東の京で東京。そこへ、2001年、田無市と保谷市が合併してできた市の名前が「西東京市」。気持ちはわかるが、東京と名付けた同じ思考回路で読み解くならば「京都から見て西東の方角にある新しい京」となるわけだが、西の東の東京では名前の意味がわからんと。確かに。 そうか、東京都内における西にある市というのであれば、東京西市にすればよかったのか。 ま、ともあれ平成の市町村合併がもたらした新地名のややこしさは置いといても、この合併方式、はたしていいことあったんでしょうか? 私の故郷でも五つの市町村が合併したのですが、実家の家族や幼なじみから合併のおかげでよくなったという話を聞いたことがありません。「国がすすめることだから、しょうがなかったんだろ。時代の流れってやつか。それにしても昔の町名はよかったよな」という、ため息まじりのムードだけのような気がするのですが。 もちろん、この合併のおかげでいいことがあった地域もあるはずです。その声をぜひ聞いて、この長い間の疑問に終止符を打ちたい気持ちです。 それにしても、結果がきちんと確認できない改革を行う日本が、年金をちゃんと払えるはずは……ないよなあ。 ![]() 1999年の60億人から12年間で10億人増加、13年後には80億人、2050年には93億人になる見込み。 それにしても70億人という推測ですが、中国やインドの人口が正確に把握されているとも思えないのでとうに80億人は超えているかも。どちらにしろ、これがはたしていいニュースなのか悪いニュースなのかの判断がつきません。 東日本の痛手も癒えないうちにトルコの地震、タイの豪雨、いうまでもない原発問題にTPP問題。 特にTPPは賛成反対の意見を聞けば聞くほど、どちらも正しく思え、もう鎖国だーと叫びたくなる。 円高が止まらないのも、いいことばかりじゃないし、悪いことばかりでもないらしいし。 年金受給年齢引き上げって、もういいんじゃない? 政府も本当はすでに破綻してるのはわかりきってるんだから、約束した60歳からとにかく約束通り払おうよ、延ばした末に破綻より、約束通り払って破綻の方が説明しやすい気がしますが、どうでしょ? パナソニックがテレビ製造から撤退するのでは?というニュースも。え? ソニーがプラズマをやめるというのでプラズマファンでパナソニック製品に移行した人もいたでしょうに。 もうなにもせずにじっとしてようか。 残りわずかな人生をプリントで終わらせたくはない。 カセットテープからMD、DAT、CD-Rへ、ビデオはベータから8ミリビデオ、終わったころにDVDへ、次から次へとプリントし直したと思ったら、CDだってDVDだって品質は劣化しますと言われた日にゃあ、もうどうすればいいんだか。かかった時間はもどらない。 暗いニュースが多い中、文具業界が注目されています。日常のちょっとした文具にデザインや知恵が詰まって海外でも関心の的に。 針の山が重ならないホッチキスに感心していたら、今はシュレッダーにかけることを考慮して、紙でとめるステープラーというのが出てるんだとか。なんと針のないホッチキス! つくづく日本はまだまだすごいなと。とにかくどんな世の中であろうと、それを落語で、笑いに変えて届けるのが私の仕事だよな。これはいいことだと信じて。 ********************************************** 公式サイト「しのすけコム」へ 毎日新聞へ 2005年5月以前の記事へ 青石銘木店へ(このブログの制作者) ※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
先週も触れた岐阜市長良川での落語会はもう9年目になるので、ほぼ見て知ったつもりでおりました。
ところが、車で駅まで見送ってくれた、提灯製造業社長が運転しながら私にこんなことを言うではありませんか? 「志の輔さん、岐阜には毎年いらしてるんですから、もちろん大仏はご覧になってますよね?」 え、なに、大仏? ここで奈良の大仏のことを聞くわけはないしなあ、と返答に困っていると、「そこの交差点を曲がるとありますよ、日本一の大仏ですよ」。 え、なになに、この岐阜の町中に日本一の大仏が!?聞いてないよ。 案内されたのは実に地味なお寺でした。 京都万福寺の末寺だという「正法寺」。 中国様式の大仏殿に安置されている大仏様は、周囲が1.8メートルの大イチョウを真柱として、骨格はなんと木材で組み、外部を竹材で編み、その上に粘土を塗って、さらにその上から紙の経文を張り、漆を塗って金箔(きんぱく)を置いたという、乾漆仏では日本一なのだそうです。 中に入るとすぐに像高13.7メートルの大仏様がぐっと前にせり出すように、前かがみに私を見下ろしていらっしゃいます。 「よく来たね、やっと来たね」とおっしゃってるようでした。前かがみな分、大仏にすっぽり包まれているような気がして、今まで感じたことのない安心感がありました。 久しぶりに味わった癒やしの空間でした。 このときほど、新幹線の時間が迫っていたのを恨めしく思ったことはありません。 聞けば、日本三大仏にも選ばれているとか。 社長さんに言われました。 「志の輔さん、なんで今頃驚いてるんですかねえ、毎年来てるのに」 岐阜市の人たちにとってはもう馴染みすぎて紹介するまでもなかったのか、とっくに知ってるはずという思い込みがあったのか、なにはともあれ、車を運転していた方が、提灯屋の社長さんであったことがこの機会をもらえたことにつながりました。 なんと言っても、この大仏様は竹材に経文を貼り付ける、そう、まさに提灯をつくるのと同じ方法だったからです。なので、「かご仏」とも呼ばれているそうです。そう言えば岐阜市は提灯の本場でした。 この社長さんにとってはこの大仏様は最高の存在なのでしょう。 この秋、行楽で岐阜へ行かれる方には、ぜひおすすめしたい癒やしのスポットです。 ********************************************** 公式サイト「しのすけコム」へ 毎日新聞へ 2005年5月以前の記事へ 青石銘木店へ(このブログの制作者) ※このブログの制作にあたっては立川志の輔事務所(シノフィス)ならびに毎日新聞のご了承を頂いています。
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